新刊『愛しい小酌』が2022年10月21日(金)に大和書房から発売になります(ご予約はこちらから)。本には書けなかった裏話やエッセイなどを、発売日まで連続で更新していきます。第1夜は、本書の「はじめに」にあたる部分を公開します。
みなさんの小酌は、どんなものでしょうか。そしてその理由はなんでしょうか。
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小酌、よき。
まず酒を舌にふくませ、潤った舌の上に、箸の先でちょっとつまんだ肴をのせる。肴は凝ったものでなくていい。お酒はもちろん、お銚子につけた燗酒。
これは映画『男はつらいよ』で、渥美清演じる寅次郎が、甥の満男(吉岡秀隆)に教えた正しい酒の飲み方である。このシーンの所作が、とても美しい。
寅次郎の言う通りにすれば、何時間だって背筋を伸ばして飲めそうな気がするが、酒はそうはさせてくれない。そのうち姿勢が崩れ、もつれた舌をすっ飛ばして、天井を仰いでぐびっと喉に流し込むようになる。
寅次郎も、このあとべろべろに酔っ払い、タクシーの運転手まで巻き込んでのいつもの大騒ぎとなる。しかしそこには、酔わざるを得ない理由(伏線)があり、そこに役者の持つ上品さと上機嫌さが加わって、寅さんは愛されるのである。
酒を飲む理由には、三種類あるように思う。
ひとつめは、自然に誘われて。桜の下でプシュッと缶ビール。海の家のハイボール。ぬくい部屋で雪を眺めながら飲む熱燗。日本だけではなく、世界のどの国にも、こうした季節の誘いがあるだろう。
ふたつめは、心が熟したとき。小さな節目を迎えた褒美や、祝いの席に参列するときなんかもこれにあたる。誰かを見送る別れの日にも、酒は欠かせない。
みっつめは、心が乾いたとき。つまり、寂しいときだ。そんな日は多くないほうがいいが、寂しさがまったくない人生も、軽すぎる。舌を潤すことで、心の乾きは確かにいくぶんか紛れるし、胸の深いところを温めることもできる。
ふたつめとみっつめの間にある、なんでもないようなお酒が、いちばん身近で、自分の日という気がする。
そうしたとき、冷蔵庫を覗いて、手を動かし、あるものでちょっと飲む。それは料理というより、薄く切ったり、残ったおかずをまっすぐ盛り付け直したりといった、“ととのえる”程度のこと。人生のところどころに、こうした小酌の小休止を挟んで今日を締めくくろうと思う同志が、この本を手に取るのだろう。
小酌は、少人数で集まって飲むことを指す言葉でもある。
この本では、自分だけの小酌に加え、誰かを招く日のコースのレシピも掲載した。テーブルに一度に並べるような構成にしなかったのは、私の好みでもあるし、寅次郎のように一品一品を「ほほぅ」とちろっと眺めつつ箸をつけてほしいと思ったからだ。
お客さんには、調理を手伝ってもらえたらうれしい。口も動くが、手を動かすことに関してはさらに気前がいいのが、おいしいもの好きの酒飲み。
よく働く人は、よく飲める人なのである。
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